私の幼少期 ~両親の教え~
(お名前の五十音順です)
※プロフィール等は取材時点のものですので
ご了承ください。

株式会社クラウドワークス 代表取締役社長 兼 CEO 吉田 浩一郎さん プロフィール

記者の目

母の圧倒的な「承認」があったから、
自己肯定感が高まったと思います。

母に教わったこと どんな状況でも子どもの考えや行動を受け入れ、寛容に見守る

吉田 浩一郎さん

母に与えられた一番のものは、「承認」だったと思います。幼い頃は、泥んこになったり、ゴミまみれになったり、多少危ない場所で遊んでいたりしても「ダメ!」と叱るのではなく、ちゃんと受け入れてくれました。

小学生の頃は成績が良かった優等生でしたが、自分から主体的に勉強する習慣を身につけないまま進学した中高一貫の進学校では、おちこぼれへ転落してしまいました。10代にして早くも“どん底” だと自分では感じていましたが、特に成績について「もっと勉強しなさい」など言われた記憶はなく、母はあるがままの自分を受け入れてくれました。

中高生時代は、勉強ではないことで自分が身を立てられるものがないか、人生の方向性を色々と模索していました。プロを目指してボウリングやビリヤードに打ち込んだり、漫画を描いてコミケに出したり、宗教に興味を持って、一人で高野山の宿坊に泊まったりしたこともありました。おそらく大人から見れば、形にならない無駄なことだと予想できたと思いますが、母は決して止めたりせず、私の「やりたい気持ち」を承認してくれて、何も言わずに送り出し、何に使用しているかまでは説明しなかったものの、費用面でも協力をしてくれました。

母はよく「生きている以上、人間だから一つくらい変なところがあるのよ」と言っていました。当時は特に感じてはいませんでしたが、今思えば、無駄を許容し、圧倒的な承認を与えてくれたことで、私の自己肯定感が高くなったと思います。


父に教わったこと 何事にも真面目に向き合うこと、一緒に行動することを大切にする

吉田 浩一郎さん

父は大学を卒業後、大手鉄鋼メーカーで働いていました。経理・財務の仕事をしており、毎日、夜遅くに帰宅していました。エジプトやサウジアラビアなどにプラントを造る仕事にも携わっていたので海外出張も多く、出かけて行ってはその国の硬貨や紙幣を持ち帰ってくれました。異国の読めない文字を見るのが、結構楽しかったです。出張先の外国では切手も買ってきてくれました。珍しい三角形をしている切手、鉄でできた切手…そういうものを通して、まだ知らない海外を少しだけ感じることができたのを覚えています。最初の起業の際にアジアの国々を巡ったのは、どこか根底にその記憶があったからかもしれません。

それから父のことで思い出すのは、何事にも嘘をついたり真剣に取り組まないときは、厳しかったことです。キャッチボールすら真面目にやらないと相手になってくれませんでした。また、私が考えたボードゲームやカードゲームに付き合ってもらったこともありましたが、子ども心に勝ちたい一心でゲームのルールを途中で勝手に変更したら、ものすごく怒られました。

小学生の頃は、地元神戸の菊水山や六甲山、鳥取の大山などへ2人で山登りや川下りに出かけていました。囲碁や将棋、オセロもよくやりました。次の手をどうしようかと考えこんでいると、「下手の考え休むに似たり」と言われていたことを思い出します。忙しい父でしたが、思い出してみると時間を見つけてよく関わってくれていました。


両親から学んだこと 完成したものを与えるのではなく、自分の手で作る機会を与える

子どもの頃は意識せずに過ごしていても、年月を経て「ここに繋がっていたのか」と思うことがあります。ゲームがその一つです。子どもの頃流行して、友達の多くが持っていた家庭用テレビゲーム機は、買ってもらえませんでした。でも、パソコンは買ってくれました。渋々ながらもパソコンを扱いながら少しずつ高度なことに挑戦していき、プログラミングをするようになり、自分でゲームを作るようになりました。その経験が今、仕事をする上で、プログラマの方とお話しする時にとても役立っています。また、テレビゲーム機と同様に、当時友達の間で流行っていた、ある漫画雑誌を買うことも禁止でした。読むのがダメなら描いてやろうと、漫画を自分で描いてコミケに出していましたが、これは許してくれました。

ゲームで遊ぶのではなくてゲームを作る、漫画を読むのではなくて漫画を描く、そういう体験から「ものを作る」ことに自然と思い入れを持ったことが、現在に繋がっていると感じます。

特に私の両親は何かを意図してこのように教育しようと思っていたわけではないと思います。子どもを育てるのに一生懸命で、毎日を過ごしていたと思います。しかしその結果、今思い出してみると「やって良かったな」「やらせてもらえて良かったな」と思うことが案外多いものです。

父から学んだこと 人生の大事な選択は、きちんと見届け、
時には意見する

吉田 浩一郎さん

小学生のとき、朗読コンクールで学校の代表になりました。感情を込めて文章を読むことが得意だったようで、周りからもほめられたことを覚えています。その経験からか演劇にも興味を持ち、高校の文化祭の演劇に出演しました。それまで特に演技の勉強をしてきたわけでもないのに、演じながら自分の頭の中では演技がどういうものか描けていて、自分に向いているという確信を持ちました。

そんなことがきっかけになり、役者になりたいと強く思い、進路を決める際、父に「大学へは行かずに上京して役者を志す」と言いましたが、当然反対されました。「人間は生きていると、放っておいても人生の可能性は目減りしていく。選択肢も狭まっていく。あえて自分から選択肢を狭めるようなことはするな。大学だけは行け。卒業後は自由にしていい」と言われ、結局、大学へ進学することに決め、高校を卒業してから1年間大阪の予備校に通うことにしました。

その後、最初の起業をした時もその他の時も、私を見守ってくれ、人生の大きな選択のときは節目節目で声を掛けてくれていました。


周りの環境から学んだこと 人にはそれぞれ役割があり、自分のすべきことがある。

優等生だった小学校時代。卒業して進学校へ進むと同時にコミュニティーが変わり、価値観が変わり、自分自身の評価も変わりました。コミュニティーが変われば、自分の立ち位置も変わることを10代でしっかりと経験しました。悪いことばかりかと言えば、そうでもありません。

中学・高校は神父様が常駐しているカトリック系で、キリスト教を学ぶ機会もありましたが、そもそもどうしてキリスト教が必要なのか、その存在自体に疑問を感じていたのです。ちょうど在学中に湾岸戦争が勃発し、神父様に「平和のために祈りましょう」と言われました。「祈っているより募金をしたり、物資を送ったりした方がいい」と生意気にも神父様に直接意見しましたが、神父様は「私の役割は、ここであなた方に『祈りましょう』と言うことなんです」と答えられました。そのときの神父様の強さというか、信念を目の当たりにしたとき、人にはそれぞれ何かの役割があるのではないか、自分の役割は何だろうと考えるようになりました。

それは、幼なじみとの関係においても常々感じていたことです。勉強も運動もできて学生時代からずっとトップを走り続け、統率力もあり、絶対に勝てないと思える幼なじみがいます。彼と長い時間接するうち、同じ方向性では絶対に勝てない、自分にはきっと彼と違った役割があるのでは、と思うようになりました。

人生は長期戦です。辛く思えた時間も意味があり、必要なことを学んだのだと今だからこそ分かります。私はクラウドワークスを立ち上げ、色々な働き方をサポートする仕事に出会うことができました。遠回りはたくさんしましたが、人生の全てが今に繋がり、後悔していることはありません。

記者が気になる周辺情報

仕事について

株式会社クラウドワークス

私たちはフリーランス・女性・シニア・若者など、あらゆる個人が笑顔で働ける「21世紀の新しいワークスタイル」の提供を目指しています。仕事を依頼する企業にとっては、企業間取引が当たり前だった世の中で、スキルのある個人の空き時間を手軽に利用できるようになり、最適な費用で迅速に仕事を依頼することができるようになっています。

「“働く” を通して人々に笑顔を」をミッションに、働くことで収入を得られるだけではなく、人との繋がりや生きがい、感謝の気持ちが得られるようなサービスを提供していきます。

クラウドワークス

企業と個人がオンライン上で直接つながり仕事を受発注できる日本最大級のクラウドソーシングサービスである「クラウドワークス(CrowdWorks)」を運営しています。クラウドワークスは、インターネットを活用することで、世界中の企業と個人が直接つながり、仕事の受発注を行うことができる日本最大級の「クラウドソーシング」サービスです。

インターネット上で仕事が完結するため、個人は時間と場所にとらわれない新しいワークスタイルを獲得できます。

クラウドテック

ハイスキルなフリーランス IT・WEBエンジニアやデザイナーに特化したキャリアサポートサービス「クラウドテック」を運営しています。業務を登録会員に再委託するモデルで、高度なシステム開発や Web制作のアウトソーシングを希望する「クライアント企業」と ITエンジニア・Webデザイナーとして活躍するハイスキルな「フリーランス」のキャリアサポートサービスです。

2019年3月掲載

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